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老子Laozi

字・道号
李耳, 老聃, 太上老君, 太上玄元皇帝, 道徳天尊
時代
春秋
生没年
紀元前571年頃 — ?
役割
道家の創始者道教の教主
出身地
楚国苦県(今の河南鹿邑、一説に安徽渦陽)
活動地
楼観台

生涯

老子、姓は李、名は耳、字は聃、春秋末期の思想家で、周の守蔵室の史であったと伝えられる。『史記・老子韓非列伝』には孔子がかつて老子に礼を問うたと記され、後に老子は周の衰えを見て函谷関から西に出、関令の尹喜の求めに応じて上下篇、道徳の意を言う五千余言を著して去り、その最期は誰も知らなかったという。その著書『道徳経』(『老子』)は「道」を万物の本源とし、自然・無為・柔弱・不争を主張し、道家思想を基礎づけた著作であり、後世の道教の根本経典でもある。1973年の馬王堆帛書本と1993年の郭店楚簡本の出土により、そのテキストが戦国中期にはすでに流布していたことが証明された。後漢以後、老子は神格化されて「太上老君」となり、道教最高神の一つとなった。唐代の李氏皇室はこれを始祖と尊び、「太上玄元皇帝」に追封した。老子その人と成書年代については、学界では今なお議論がある。

業績と影響

  • 「道」を宇宙の本源とする哲学体系を提起した
  • 「無為而治」「道法自然」など道家の核心的観念を確立した
  • 『道徳経』は道教の根本経典となり、歴代にわたり注疏が絶えなかった
  • 道教の教主太上老君と尊ばれ、「三清」の一つとなった

著作

伝説

伝説:老子は母の胎内に八十一年宿って生まれ、生まれながらにして白髪であったため老子と称されたという。関を出るとき紫気東来したという。西行して胡を化し仏となったという(『老子化胡経』、後世の仏道論争の産物に属する)。後世にはまた太上老君が歴劫化身して帝王の師として下降したともいう。以上はいずれも宗教的伝説に属する。

参考文献
  1. 《史记·老子韩非列传》
  2. 维基百科:老子
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第一卷
  4. 陈鼓应《老子今注今译》