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老荘学派(先秦道家)Lao–Zhuang School (Pre-Qin Daoist Philosophy)

別称
道家, 道徳家, 老荘
種類
学派
時代
先秦
創立
約紀元前6~前3世紀
開祖
老子, 荘子
地域
楚・宋・斉などの地
存続
他派に融合 — 哲学学派としては秦漢以後独立した伝承を持たなくなったが、その経典と思想は道教各派に共通して尊奉され、道教教義の核心的な源となった。哲学思潮としては中国および東アジアの思想史に影響を及ぼし続けている。

概説

老荘学派は、先秦諸子の中で「道」を最高の範疇とする思想の流れであり、漢代の司馬談が『論六家要旨』において初めて「道家」と名付けた。その基礎となる文献は『老子』(『道徳経』)と『荘子』であり、ほかに『列子』『文子』『関尹子』なども後世には道家に分類される。老子は「道は自然に法る」「無為にして治む」「柔弱は剛強に勝る」を提唱し、荘子はこれを「逍遥」「斉物」「坐忘」「心斎」として敷衍し、宇宙論・政治論から個人の精神的自由へと展開させた。戦国中後期、斉国の稷下学宮における黄老の学は法家・陰陽家の要素を吸収し、道家の政治化した一支流を形成した。老荘学派自体は宗教組織ではなく、教団・戒律・神への崇拝を持たないが、後世の道教にとって根本的な哲学的資源を提供した。道教は老子を教主として尊び、『道徳経』を第一の経典とし、荘子は「南華真人」に封じられ、その書は『南華真経』に列せられた。学界では通常「道家」(哲学)と「道教」(宗教)とを区別するが、同時に両者が観念・術語・人物系譜において連続性を有することも認めている。本条は道教思想の淵源として収録し、後世の各派との対照の便に供する。

核心教義

「道」を万物の本原および運行の法則とし、道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ずとする。自然を崇び、無為を尊び、柔を守り、虚を貴び、欲を去ることを説く。荘子はさらに万物を斉しく同一視し、是非・生死を超越することを唱え、道と合一する「真人」「至人」の境地を追求した。これらの観念は、後世の道教における宇宙生成論、修養の目標(朴に返り真に帰る、道と合真する)、人生態度における哲学的な基調をなしている。

修行と科儀

先秦道家は心性の修養と処世の方法を重んじ、「虚を致すこと極まり、静を守ること篤し」「気を専らにし柔を致す」「坐忘」「心斎」「督を縁として経と為す」などの語がある。これらは後世の道教によって守一・存思・行気・導引などの修煉術の源流として読み替えられた。『荘子』には「吹呴呼吸し、故きを吐き新しきを納れ、熊経鳥申す」とあり、導引養生の早期の記録である。学派には統一した儀式や戒律はなかった。

伝承

老子(周の守蔵室の史官と伝えられる)→ 関尹喜、文子など伝説上の弟子。荘子学派は戦国時代、宋・楚の一帯で活動した。稷下の黄老学者(田駢、慎到、環淵、接子など)は政治哲学の方向から発展させた。前漢初期には黄老の学が盛んであった。魏晋玄学(王弼、郭象)は老荘の注疏によって道家哲学を復興させた。道教は後漢以降、老子を神格化して太上老君とし、この学脈を自らの系譜に組み入れた。

主要経典

道徳経, 荘子, 列子, 文子, 関尹子

代表的な人物

老子, 荘子, 列子, 関尹, 文子

主要宮観

楼観台, 鹿邑太清宮
参考文献
  1. 维基百科:道家
  2. 司马迁《史记·老子韩非列传》;司马谈《论六家要旨》
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第一卷,四川人民出版社,1996 年修订本
  4. Livia Kohn (ed.), Daoism Handbook, Brill, 2000, ch. 1–2
  5. Stanford Encyclopedia of Philosophy: Daoism