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張三丰Zhang Sanfeng

字・道号
名は全一、一名は君宝, 号は三豊、玄玄子, 邋遢道人(俗称), 通微顕化真人(明の英宗封), 韜光尚志真仙(明の憲宗封), 清虚元妙真君(明の世宗封)
時代
元末明初
生没年
約1247年(一説に1314年) — ?
流派
三丰派, 全真教
役割
内丹家三丰派祖師武当道教開創者伝奇人物
出身地
遼東懿州(今遼寧阜新、一説)
活動地
武当山, 青城山

生涯

張三丰は元末明初の著名な道士であるが、事跡の真偽は判じがたい。『明史』方伎伝によれば、名を全一、一名を君宝といい、遼東懿州の人。体躯は魁偉で身なりに構わず、「張邋遢(だらしない張)」と呼ばれた。かつて武当山に住み、「この山は後日必ず大いに興る」と予言したと伝えられ、明の太祖・成祖はしばしば使者を遣わして訪ねさせたが会うことができなかった。永楽年間に成祖が武当の宮観を大々的に造営したことは、この伝説と直接関わりがある。張三丰が道教史に及ぼした実際の影響は主に明清期にある。第一に武当派・三丰派の祖師として奉じられたこと、第二にその名を冠した丹道著作『張三丰先生全集』(清の李西月編)が内丹界に広く流布し「隠仙派」の系譜を形成したこと、第三に後世に太極拳の創始者として付会されたことであるが、この説には明代以前の文献的根拠がない。学界では、その人物自体は実在した可能性が高いが、生涯の事跡と著作の大部分は後世に積み重ねられて形成されたと見る向きが多い。

業績と影響

  • 武当道教興隆の象徴的人物となり、永楽期の武当造営を後押しした
  • 三丰派・隠仙派の丹道祖師とされ、名を託した著作が明清の内丹学に影響を及ぼした
  • 民間伝説によって、最も著名な道教の神仙像の一つとなった

著作

  • 『張三丰先生全集』(清・李西月編、多くは仮託)
  • 『大道論』
  • 『玄機直講』
  • 『無根樹』

伝説

「数か月にわたり食を断つ」「一日にして千里を行く」「死してまた生き返る」、太極拳の創始など、いずれも伝説であって多くは考証しがたい。

参考文献
  1. 《明史·方伎传》
  2. 《张三丰先生全集》
  3. 黄兆汉《明代道士张三丰考》
  4. 维基百科"张三丰"条目
  5. Livia Kohn ed., Daoism Handbook, ch. Ming