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張陵Zhang Daoling

字・道号
張道陵, 張輔漢, 祖天師, 正一真人, 三天法師, 泰玄上相
時代
後漢
生没年
34 — 156
流派
天師道, 正一教
役割
創教者第一代天師
出身地
沛国豊(今の江蘇豊県)
活動地
鶴鳴山, 青城山, 龍虎山

生涯

張陵、字は輔漢は、後世に張道陵と称され、後漢の沛国豊の人であり、五斗米道(天師道)の創始者で、道教では「祖天師」と尊ばれる。『三国志・張魯伝』によれば、彼は順帝の時に蜀の地に寓居し、「鶴鳴山中にて道を学び、道書を造作して百姓を惑わし、道を受くる者より五斗米を出さしむ。故に世に米賊と号す」という。道書の記すところでは、彼は漢安元年(142)に鶴鳴山にて太上老君より「正一盟威の道」を授かり、二十四治を立て、符水と首過とをもって病を治し、『道徳経』を主要な経典として奉じた(『老子想爾注』は張陵あるいは張魯の作と伝えられる)。伝統的な生没年は建武十年(34)から永寿二年(156)とされ、青城山にて羽化したと伝わるが、これらは道書に由来する説であり、必ずしも信をおけるものではない。張陵の創始した教団は張衡・張魯によって受け継がれ、中国道教における組織的教団の始まりをなす。その子孫は代々「天師」の称号を承け、唐宋以後は龍虎山を本山として正一教を形成した。

業績と影響

  • 五斗米道(正一盟威の道)を創始し、中国道教の教団の始まりをなした
  • 二十四治を設け、祭酒の制度を確立した
  • 『道徳経』を信徒の誦習する経典と定め、道教が老子を尊奉する伝統の礎を築いた
  • 天師世系の祖であり、龍虎山正一教の拠って立つところとなった

著作

  • 『老子想爾注』(伝、一説に張魯の作)
  • 『太平洞極経』(伝、佚)

伝説

伝説によれば、太上老君は鶴鳴山にて正一盟威の道、三五都功の玉印、雌雄の剣を降し授け、張陵は蜀の地の八部鬼帥・六大魔王を降伏させたという。また龍虎山にて九天神丹を煉り、丹が完成すると龍虎が現れたと伝えられる。百二十三歳にして青城山にて白昼のうちに昇天したともいう。以上はいずれも道書の伝記に見えるものであり、宗教的伝説である。

参考文献
  1. 《三国志·魏书·张鲁传》
  2. 《后汉书·刘焉传》
  3. 葛洪《神仙传·张道陵》
  4. 维基百科:张道陵
  5. 卿希泰主编《中国道教史》第一卷