陸修静Lu Xiujing
生涯
陸修静は、字は元徳、南朝劉宋の著名な道士であり、呉興東遷の人で、三国呉の丞相陸凱の後裔である。若くして儒学を宗としたが、後に家を捨てて修道し、名山をあまねく遊歴して道経を捜訪した。元嘉末年(約453年)、建康で薬を売り、宋の文帝がその名を聞いて召見した。その後太初の乱を避けて南遊し、大明五年(461)、廬山簡寂観に隠棲した。泰始三年(467)、宋の明帝が建康に迎え、北郊に崇虚館を建てて広く道経を集めさせ、「三洞を総括」させた。泰始七年(471)には『三洞経書目録』を撰し、道経一千二百二十八巻を著録した。これは道教史上最初の経書総目であり、「三洞」の分類は後世の『道蔵』の体例の基礎となった。彼はさらに天師道の組織を整頓し、斎戒の儀範を制定し、『霊宝授度儀』『太上洞玄霊宝衆簡文』など百余巻の科儀書を編纂し、道教の斎醮制度を完備させた。元徽五年(477)に没し、「簡寂先生」と諡され、北宋には「丹元真人」に封じられた。寇謙之と南北並び称され、南朝道教の整頓と制度化における中心人物である。
業績と影響
- 『三洞経書目録』を編纂し、「三洞」の分類を創始、道蔵の祖となった
- 南方の天師道を整頓し、宅籙・道民登録などの制度を制定
- 霊宝経を体系的に整理し斎醮科儀を制定、霊宝派の宗師と尊ばれた
- 『陸先生道門科略』などを撰し、道教の組織と戒律を規範化
著作
伝説
「虎渓三笑」は陸修静が陶淵明、慧遠と廬山で会談したとする話であるが、後世の付会である(三者の年代は接していない)。
参考文献
- 《宋书·隐逸传》(附)
- 《南史·隐逸传》
- 马枢《道学传》辑佚
- 维基百科:陆修静
- 卿希泰主编《中国道教史》第一卷
- 陳国符『道蔵源流考』