列子Liezi
- 字・道号
- 列御寇, 冲虚真人, 冲虚至徳真人
- 時代
- 戦国
- 生没年
- 紀元前450年頃 — 紀元前375年頃
- 役割
- 道家思想家
- 出身地
- 鄭国圃田(今の河南鄭州)
生涯
列子、名は御寇(圄寇とも作る)、戦国前期鄭国の人で、鄭の地に四十年隠棲し、名を求めなかった。『荘子』はしばしば彼が「風に御して行く」と述べており、その人は老荘の間に位置する道家的人物とみなされる。現行本『列子』八篇は、旧に列御寇の撰と題され、晋の張湛が注をつけた。学界では現行本は魏晋の人により整理・増補されたとみる説が多いが、それでも先秦の資料を少なからず保存しており、「杞人憂天」「愚公移山」「両小児弁日」などの寓言はいずれもこの書に出る。書中の貴虚思想及び『楊朱』篇の為我論は道家哲学史上重要な意義を持つ。唐の天宝元年(742年)、列子は「沖虚真人」に封ぜられ、『列子』は『沖虚真経』と称された。宋の真宗の景徳年間には「沖虚至徳真人」が加封された。
業績と影響
- 『列子』は先秦道家の寓言と思想資料を大量に保存する
- 「貴虚」の説と風に乗って行く形象が道教の神仙観念に影響を与えた
- 沖虚真人に封ぜられ、『列子』は道教経典に列せられた
著作
伝説
伝説:列子は風に御して行き、泠然として善なり、旬有五日にして後に反ると伝えられる(『荘子・逍遥遊』)。
参考文献
- 维基百科:列子
- 《庄子·逍遥游》《庄子·应帝王》
- 杨伯峻《列子集释》