劉太琳Liu Tailin
生涯
劉太琳は、明末の全真龍門派の道士であり、武当山の道衆から武当龍門派の開山祖師として奉じられている。武当山各宮観の系譜と碑記によれば、彼はおおむね万暦末年に武当に入り、初め紫霄宮東側の太子洞(一に「老君岩」とも称する)にて苦修し、後に地元の信衆と官府の後押しを受けて宮観を再興し、壇を開いて徒を授け、北方全真龍門派の叢林制度、清規および伝戒の系譜を、正一・清微を主としていた武当山に導入し、「武当龍門派」の一系を形成した。以後、武当の宮観は多く龍門の字派によって継承され、明代以来の正一道士の体系と併存し、武当山に「全真・正一同山」という独特の構図を構成し、近現代に至るまで続いている。劉太琳の生没年および師承の代数については各家の系譜で説が一致せず(第七代、第八代など諸説がある)、現存する記載の多くは清代および民国期に重修された山志、碑刻、宮観の譜牒に出るものであり、教団内部の伝承文献に属し、細部を厳密に考証することは難しい。ただし武当龍門の一系が確かに明末清初に形成されたことについては、学界の一致するところである。
業績と影響
- 全真龍門派の叢林制度と字派の継承を武当山に導入した
- 武当龍門派の開山祖師として奉じられ、武当における全真の一系を開いた
- 武当の宮観を再興し、全真と正一が同じ山に並存する構図を形成した
伝説
太子洞(老君岩)にて数年にわたり苦修し、神の加護に感じて宮観を建てるに至ったという筋書きは、宮観の譜牒や後世の碑伝に出るものであり、教団内部の伝説に属する。
参考文献
- 《大岳太和山纪略》(清)
- 武当山各宫观碑刻与龙门派谱牒
- 卿希泰主编《中国道教史》第四卷
- 王光德、杨立志《武当道教史略》