葛玄Ge Xuan
生涯
葛玄、字は孝先、三国呉の丹陽句容の人で、葛洪の従祖にあたり、世に「葛仙公」「太極左仙公」と称される。『抱朴子内篇』と『神仙伝』によれば、彼は左慈より『太清丹経』『九鼎丹経』『金液丹経』を受け、さらに『三皇文』『五岳真形図』を得て、その術を弟子の鄭隠に授けたという。伝えられるところでは、彼はかつて閣皂山、天台山などで丹を錬り道を修めたとされ、呉の大帝孫権も彼を礼遇したという。東晋末、葛巣甫が霊宝経を作り、霊宝経は太極真人徐来勒から葛玄に伝えられ、葛玄は鄭隠、葛洪に伝えたと称したため、霊宝派は葛玄を祖師として尊び、江西の閣皂山が霊宝派の本山となり、龍虎山、茅山とともに「三山符籙」と並称された。北宋の崇寧三年(1104)に「沖応真人」に封じられ、淳祐六年(1246)に「沖応孚佑真君」に加封された。「葛仙翁」信仰は江浙・江西一帯で非常に盛んである。
業績と影響
- 左慈の丹法を継承し、葛氏道術の家学を開いた
- 霊宝派の祖師として尊ばれ、閣皂山霊宝宗壇の拠り所となった
- 「葛仙翁」信仰が民間で広く伝わった
著作
- 『老子道徳経序訣』(伝)
- 『五千文経序』(伝)
伝説
伝説によれば、分身、辟穀、水火の中に坐すことなどを能くし、赤烏七年(244)に尸解して仙人に昇ったとされる。かつて閣皂山で丹を錬ったとされ、丹井、洗薬池などの遺跡が今も残る。
参考文献
- 葛洪《抱朴子内篇·金丹》
- 葛洪《神仙传·葛玄》
- 维基百科:葛玄
- 卿希泰主编《中国道教史》第一卷