郝大通Hao Datong
生涯
郝大通は山東寧海の人、全真七子の一人であり、もと卜筮と『易』学に精通していたが、1168年に王重陽に師事した。師の没後、沃州(今の河北趙県)の橋の下で六年間静坐し、語らず動かなかったため「不語先生」と呼ばれた。のちに真定、邢州一帯に赴いて布教し、道観を創立した。彼は『易』学をもって内丹を闡釈し、『太古集』を著した。そのうち三十余幅の「太古図」は卦象をもって修煉の理を説明しており、全真教の中でも最も易学象数を重視する一支である。伝えられた一系は「華山派」と称され、弟子の范円曦、王志謹らは元代の河北、山東において相当の勢力を有した。元の至元六年に「広寧通玄太古真人」を追封された。
業績と影響
- 全真七子の一人として華山派を創始した
- 『易』の象数をもって内丹を説き、太古図を作成した
- 河北における布教の拠点を開いた
著作
- 『太古集』
- 『周易参同契簡要釈義』(一説)
伝説
「沃州の橋下にて六年語らず」の逸話が全真の伝記に見えるが、伝説的な色彩を帯びる。
参考文献
- 《金莲正宗记》(道藏)
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷
- 维基百科"郝大通"条目