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『文昌帝君陰騭文』Tract on Hidden Merit of Lord Wenchang

別称
陰騭文, 『丹桂籍』(関連)
著者・伝授
文昌帝君の降筆に托す
時代
明 · 文昌帝君の降筆に仮託され、おおよそ明代(16世紀—17世紀)に成立したとされ、最古の刊本は明末に見える。本文は約五百余字。
道蔵の部類
蔵外(明清善書)
収録
蔵外(『道蔵輯要』及び各種善書叢刻に収録)
分類
勧善書
巻数
一巻

解題

『文昌帝君陰騭文』は『太上感応篇』『関聖帝君覚世真経』とともに明清期の「善書三聖経」と称される。「陰騭」は『書経・洪範』の「惟れ天陰かに下民を騭む」に出典があり、暗黙のうちに定まる、人に知られない徳行を指す。文中では文昌帝君が自ら「吾は十七世にわたり士大夫の身であったが、いまだかつて民を虐げ酷吏となったことはない」と述べたことに仮託し、人に「時々の方便を行い、種々の陰功をなす」よう勧め、人の危急を救うこと、薬を施し茶を施すこと、橋を修め路を補うこと、経文を印造すること、字の書かれた紙を敬い惜しむこと、人の財産を謀らないこと、人を唆して争訟させないことなど、具体的な善行を数え挙げ、末尾は「近き報いはすなわち己が身にあり、遠き報いはすなわち子孫にあり」との言葉で締めくくられる。文昌帝君はもとは蜀地の梓潼神張亜子であったが、元代に「輔元開化文昌司禄宏仁帝君」に封じられ、文運と科挙を司る神となった。そのためこの文は士人階層においてとりわけ大きな影響を及ぼし、明清期の書院・文昌宮の多くが刊印して配布し、『陰騭文広義』『丹桂籍』など多くの注釈書や説話集を派生させた。

中心思想

  • 陰騭——人に知られない暗黙の徳行
  • 時々の方便を行い、種々の陰功をなす
  • 字紙を敬い惜しむことと士人倫理
  • 近き報いは己が身に、遠き報いは子孫に
  • 文昌信仰と科挙文化

構成

一巻、韻文と散文を交え、約五百余字。

版本

  • 『道蔵輯要』本
  • 清・周夢顔『陰騭文広義節録』
  • 各種善書叢刻本

注疏

  • 周夢顔『文昌帝君陰騭文広義節録』
  • 黄正元『陰騭文図説』

訳本

  • James Legge, The Texts of Taoism(SBE 40、1891年)英訳

原文とオンライン資料

関連経典

『太上感応篇』, 『関聖帝君覚世真経』, 陰騭文広義, 丹桂籍, 『文昌帝君孝経』
参考文献
  1. Tadao Sakai, 中国善书の研究
  2. 游子安《善与人同——明清以来的慈善与教化》
  3. Terry Kleeman, A God's Own Tale: The Book of Transformations of Wenchang (1994)
  4. 维基百科「文昌帝君阴骘文」条