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全真清静派Qingjing (Clarity and Stillness) Lineage of Quanzhen

別称
清静派, 孫祖派, 清浄派, 坤道派
種類
支派
時代
金元より現代に至る
創立
孫不二(1119年—1182年)を祖とし、元代に形成された
開祖
孫不二
継承元
全真教
地域
山東寧海、河南洛陽、のちに全国の坤道(女性道士)に広まった
存続
存続 — 坤道派系として今なお伝承と字輩を有し、孫不二は全真坤道が普遍的に尊奉する祖師である。独立した宮観体系はない。

概説

清静派は全真七真の一人孫不二が開いた支派で、孫不二の号「清静散人」にちなんで名づけられた、道教の中でも珍しい女性祖師によって開かれた宗派である。孫不二、名は富春、山東寧海の人で、もと馬鈺の妻であった。大定九年(1169年)、王重陽の感化により出家し、重陽は彼女に「清静散人」の号を授け、金蓮堂に居して修行した。重陽の仙逝後、彼女は洛陽の鳳仙姑洞に赴いて七年間独りで修行し、女性を度化し、「功成道備」の境地に達したとされる。著述に『孫不二元君法語』『坤道功夫次第』などがある(一部は後世の托名とされる)。元の世祖至元六年(1269年)、「清静淵真順徳真人」に追封された。清静派は元代にすでに伝承があり、明清以後は主に女冠(坤道)による伝承を特色とし、その字輩詩(「全真通玄理、大道自然成……」)は坤道の輩を排すのに用いられた。後世の女丹著作、たとえば『孫不二元君坤道功夫次第』『女丹合編』などはいずれも孫不二を女丹の祖として奉じている。当代大陸の全真坤道は多く龍門派に帰するが、なお清静派を家門とする者もあり、陝西・河南・山東の一部の坤道院に見られる。香港・台湾にも清静派の記録がある。

核心教義

全真教の清静無為・性命双修の旨を承け、女性の生理的特徴に即して「斬赤龍」「煉形化気」といった女丹の次第を提起した(後世の発揮による)。清静・貞節・忍辱・慈悲を強調し、三教合一を旨とする。孫不二は「坤道の祖」とみなされ、その形象は明清の女丹文献の中で女性修煉の典範として形づくられ、その「清静」「慈悲」の教風は坤道の伝統に受け継がれている。

修行と科儀

坤道の出家清修、静坐煉丹(女丹功法)、誦経、苦修。字輩により輩を排し、三壇大戒(坤道戒壇)を受ける。後世の女丹功法は多く孫不二を祖とし、「斬赤龍」「煉形」「乳溪」など女性特有の修煉の段階を説く。坤道院は一般に乾道の叢林から厳格に独立している。当代の坤道の伝戒は多く白雲観などの叢林で行われる。

伝承

王重陽 → 孫不二 → 洛陽の女弟子(史書に詳しい記載なし)→ 元明清の坤道による伝承 → 清代の女丹文献編纂(賀龍驤『女丹合編』など)→ 当代坤道院における散在的な伝承。清代の賀龍驤が『女丹合編』を編纂した際に孫不二を首位に置き、民国期の陳攖寧が『孫不二女丹詩』に注をつけたことでその影響がさらに広がった。当代の全真坤道は多く龍門派あるいは清静派の字輩のもとで伝承されている。

主要経典

『女丹合編』

代表的な人物

孫不二, 馬鈺, 王重陽, 賀龍驤

主要宮観

崑崳山
参考文献
  1. 维基百科:孙不二
  2. 《金莲正宗记》;《历世真仙体道通鉴后集》
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第三卷第一章
  4. Elena Valussi, “Beheading the Red Dragon: A History of Female Alchemy in China,” Ph.D. diss., SOAS, 2003
  5. 道教之音:清静派