劉処玄Liu Chuxuan
生涯
劉処玄は山東東莱の人、全真七子の一人であり、1169年に王重陽に師事した。師の没後、守墓の期を終えると、まず洛陽に隠居し、のちに山東に戻って布教し、東莱武官荘の霊虚観に長く住した。金の章宗の承安二年(1197)に召されて入京し、至道を問われて「寡欲清心」をもって答え、「輔化明徳真人」の号を賜った。その掌教の時期、全真教は山東での影響力を日々増し、丘処機以前の全真第四代掌教と見なされている。劉処玄は経典の義理を重んじ、『道徳経注』『黄帝陰符経注』『黄庭内景玉経注』などを撰し、また詩集『仙楽集』がある。その学説は「性命双修、清静を本と為す」を要とする。伝えられた一系は「随山派」と称される。
業績と影響
- 全真七子の一人として随山派を創始した
- 全真の掌教を務め、金の章宗の礼遇を得た
- 老子・荘子および『陰符』『黄庭』に注を作り、全真教の経学的基盤を強化した
著作
- 『仙楽集』
- 『道徳経注』
- 陰符経注
- 『黄庭内景玉経注』
- 『無為清静長生真人至真語録』
参考文献
- 《金莲正宗记》《七真年谱》(道藏)
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷
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