孫玄清Sun Xuanqing
生涯
孫玄清、山東寿光の人。明代崂山の全真道士で、龍門派第四代(一説に第五代)にあたり、金山派の創始者。少年時に眼病を患ったことをきっかけに道に入り、はじめ崂山明霞洞に住し、後に鉄査山の李顕陀に師事し、さらに黄石宮・白雲観に赴いて参学し、龍門の法を得た。嘉靖三十七年(1558)、召に応じて上京し祈雨に験があったことから、「護国天師左賛教主紫陽真人」の号を賜った(一説)。崂山に戻った後、自ら「金山派」を創始し、これは龍門派の支派で、崂山太清宮・明霞洞を中心として現在まで伝承され、その字輩譜は膠東地方の全真教で今も用いられている。孫玄清の生没年は碑記によれば1517年から1569年である。
業績と影響
- 龍門派の支派である金山派を創始し、崂山全真教の主流をなした
- 崂山の道教を復興させ、太清宮・明霞洞の伝承の基礎を築いた
- 嘉靖年間に上京して祈雨を行い、崂山道教が朝廷の注目を得るきっかけとなった
伝説
眼病を患って道に入った後、崂山で苦修して治癒したと伝えられるが、これは伝説に属する。
参考文献
- 崂山《海岳真人孙玄清碑》
- 卿希泰主编《中国道教史》第四卷
- 维基百科"金山派"条目