孫思邈Sun Simiao
- 字・道号
- 孫真人, 薬王, 妙応真人
- 時代
- 隋唐
- 生没年
- 約581年 — 682
- 役割
- 医薬学者道士養生家
- 出身地
- 京兆華原(今の陝西銅川耀州)
- 活動地
- 終南山
生涯
孫思邈、唐代の医薬学者にして道士、京兆華原の人。後世「薬王」として尊ばれる。生年には541年、581年など異説があり、通常はおおよそ581年とされる。永淳元年(682)に没した。若くして諸子百家に通じ、老荘を語ることを好み、太白山・終南山に隠棲した。隋の文帝、唐の太宗・高宗はたびたび彼を召したが仕えなかった(高宗の時に一度応召し、諫議大夫を授けられたが受けなかった)。著した『備急千金要方』三十巻、『千金翼方』三十巻は、唐以前の医学を総括したものであり、巻頭の「大医精誠」では医の徳を論じ、あわせて大量の導引・服食・房中・養性に関する内容を収め、道教の養生と医学とを一体に融合させた。他に『摂養枕中方』『太清丹経要訣』『福禄論』などを著し、煉丹と道教修養にも関わった。彼は道士の孟詵、盧照鄰らと交わりを持ち、後世の道教から「妙応真人」(宋の徽宗が崇寧二年に封じた号)として尊ばれ、各地に薬王廟が建てられて祀られている。耀州の薬王山はその祭祀の中心である。
業績と影響
- 『千金要方』『千金翼方』を著し、唐代医学の集大成をなした
- 「大医精誠」の医徳規範を提唱した
- 道教の養生・服食・煉丹の方法を体系的に医学著作に取り入れた
- 「薬王」として尊ばれ、道教と民間信仰が共有する医神となった
著作
- 『備急千金要方』
- 『千金翼方』
- 摂養枕中方
- 『太清丹経要訣』
- 『存神煉気銘』
- 『福寿論』
伝説
伝説によれば、龍王の子の病を治して龍宮の仙方を得たとされ、虎に座して龍に鍼を施したとも伝えられる。百四十余歳まで生きたとされ、尸解の後も一月あまり顔貌が変わらなかったという。
参考文献
- 《旧唐书·方伎传·孙思邈》
- 《新唐书·隐逸传》
- 维基百科:孙思邈
- 卿希泰主编《中国道教史》第二卷