宋の真宗Emperor Zhenzong of Song
- 字・道号
- 趙恒
- 時代
- 北宋
- 生没年
- 968 — 1022
- 役割
- 帝王崇道皇帝
- 出身地
- 開封
- 活動地
- 泰山
生涯
宋の真宗趙恒は、997年から1022年まで在位した。澶淵の盟(1004)の後、「四海を鎮服し、外国に誇示する」ため、王欽若・丁謂らの画策のもと「天書」の符瑞が大いに興された。大中祥符元年(1008)には天書が承天門に降ったと宣言して大中祥符に改元し、同年泰山にて封禅を行った。四年(1011)には汾陰にて后土を祀り、五年(1012)にはさらに聖祖趙玄朗が延恩殿に降臨したと称して「聖祖上霊高道九天司命保生天尊大帝」と尊び、趙氏の始祖として追尊した。また玉清昭応宮、景霊宮、会霊観など多数の宮観を建て、亳州の太清宮に謁して老子に「太上老君混元上徳皇帝」の号を加封した。王欽若・張君房らに命じて道蔵(『大宋天宮宝蔵』。『雲笈七籤』もここから編まれた)を編修させ、あわせて陳摶ら高道を封贈した。真宗朝の崇道は多大な費用を要したが、同時に道教が宋代において国家の後ろ盾を得ることともなり、道官・宮観の制度など、その影響は制度面において長く及んだ。
業績と影響
- 「天書」「聖祖」をもって趙宋皇権の道教的正統性を構築した
- 泰山にて封禅を行い、老子に加封し、玉清昭応宮などの大規模な宮観を造営した
- 勅命により『大宋天宮宝蔵』を編修させ、北宋道蔵編纂の端緒を開いた
伝説
「天書降臨」「聖祖降臨」は、いずれも当時の朝廷が作り出した祥瑞であり、史実ではない。
参考文献
- 《宋史·真宗纪》
- 《续资治通鉴长编》
- 维基百科:宋真宗
- 卿希泰主编《中国道教史》第二卷