趙宜真Zhao Yizhen
- 字・道号
- 字は原陽, 号は原陽子, 崇文広道純徳原陽真人(明の封号)
- 時代
- 元末明初
- 生没年
- ? — 1382
- 流派
- 清微派, 浄明道, 全真教
- 役割
- 清微派宗師浄明道の伝人内丹家
- 出身地
- 安福(今の江西安福)
- 活動地
- 西山万寿宮(玉隆万寿宮)
生涯
趙宜真、字は原陽、江西安福の人。元末明初の高道で、清微・浄明・全真の三系統を兼ね承けた。幼くして儒学を学び、後に道を学び、張天全・李玄一らに師事して清微雷法と全真丹法を得、また西山玉隆万寿宮に住して浄明道第五代(一説に第四代)の嗣師となり、浄明忠孝の教えと清微道法とを融合させ、清微派から宗師と仰がれた。『原陽子法語』『仙伝外科秘方』を著し、『霊宝帰空訣』などを編んだ。弟子の劉淵然は後に明初の道教指導者となり、その系統は「清微趙派」と称された。1382年に紫山で没した。明の景泰・成化年間に真人に追封された。彼は元明の交代期における江西道教諸派の合流を担った鍵となる人物である。
業績と影響
- 清微・浄明・全真の三派を融合し、明初の江西道教の主流を形成した
- 浄明道の嗣師として、劉淵然・邵以正の系統に伝承した
- 医方と法語を著し、済世と教化を兼ねた
著作
- 原陽子法語
- 仙伝外科秘方
- 霊宝帰空訣
参考文献
- 《净明忠孝全书》附录
- 《明史·方伎传》(附刘渊然传)
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷
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