張衡(嗣師)Zhang Heng (Second Celestial Master)
生涯
張衡、字は霊真は、張陵の子であり、五斗米道の第二代首領で、道教では「嗣師」「嗣天師」と称される。後漢の科学者張衡とは同名の別人である。『三国志・張魯伝』には、ただ「陵死し、子の衡その道を行う。衡死し、魯また之を行う」とあるのみで、事跡はきわめて簡略である。道書は、彼が父の道を継ぎ、盟威の法を謹んで守り、栄利を慕わず、光和二年(179)に陽平山(一説に鶴鳴山)にて羽化したと伝え、臨終に際して子の張魯に「祖の教えを勉めて承けよ」と遺言したという。その妻盧氏(一説に名を盧氏という)は、張衡の没後に益州牧劉焉と往来し、張魯が政治的な機会を得る素地を作った。張衡は天師道史上、主として先代と後代とをつなぐ役割を果たし、唐宋以後「正一嗣師太清演教妙道真君」などと追封された。
業績と影響
- 張陵の道を継承し、草創期の五斗米道教団を維持した
伝説
伝説によれば、父より剣印および都功籙を伝え受け、羽化の後に仙となったという。
参考文献
- 《三国志·魏书·张鲁传》
- 《汉天师世家》
- 卿希泰主编《中国道教史》第一卷