呉筠Wu Yun
生涯
呉筠、字は貞節。唐代の道士・文学者である。若くして経史に通じ、文をよくしたが進士に挙げられず、そこで嵩山に入り潘師正の弟子馮斉整に師事して正一の法を受け、のちに南のかた天台に遊び、李白・孔巣父らとともに剡中に隠棲し、「竹渓六逸」の友であった。天宝の初め、玄宗に召見され道法を問われると、「道に深き者は『老子』五千文に如くはなく、その余は徒に紙札を費やすのみ」と答え、神仙修煉のことを問われると「これは野人の事にて、まさに歳月の功行をもって求むべく、人主が意を適わすべきところにあらず」と答え、玄宗に重んじられて翰林に待詔した。高力士らの讒毀により嵩山・茅山へ帰ることを請うた。大暦十三年(778)、宣城において没し、弟子は私諡して「宗玄先生」とした。『玄綱論』『神仙可学論』『形神可固論』『心目論』などを著し、神仙は学ぶことができ、形神は固くすることができると主張し、「静を守り欲を去る」「精を宝とし気を愛す」を強調して、唐代道教修煉理論の重要な著作をなした。詩文にも優れ、『全唐詩』に詩一巻を存する。
業績と影響
- 『玄綱論』『神仙可学論』を著し、神仙可学・性命修煉の理を体系的に論証した
- 文学と道教を結びつけ、唐代道教文人の代表となった
著作
- 玄綱論
- 神仙可学論
- 形神可固論
- 心目論
- 宗玄先生文集
参考文献
- 《旧唐书·隐逸传·吴筠》
- 权德舆《宗玄先生文集序》
- 维基百科:吴筠
- 卿希泰主编《中国道教史》第二卷