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丘玄清Qiu Xuanqing

字・道号
丘元靖, 号は雲谷
時代
元末明初
生没年
1327 — 1393
流派
全真教, 三丰派
役割
道士太常寺卿張三丰の弟子
出身地
富平(現在の陝西富平)
活動地
武当山

生涯

丘玄清、陝西富平の人。元末明初の全真道士で、かつて武当山において張三丰に師事したとされ、文献上確認できる張三丰の弟子の一人である。後に武当五龍宮の住持となった。洪武年間、その名徳をもって南京に召され、太祖は彼が雨を祈ることができるとして監察御史に任じ、後に太常寺卿に抜擢して宗廟祭祀を掌らせた。明初において道士の身分で朝廷の高官に任ぜられた数少ない例である。洪武二十六年(1393)に没した。丘玄清の事跡は『大岳太和山志』に見え、彼と張三丰との関係は明初における武当道教興隆の重要な手掛かりであり、永楽帝が張三丰を訪ね求め武当山を大修した歴史的背景の一つでもある。その墓誌や伝記資料は、張三丰が元末明初に確かに武当山で活動し弟子を持っていたことを示しており、この点はしばしば張三丰の実在を考証する証拠として用いられる。

業績と影響

  • 張三丰の弟子であり、武当の道統を受け継いだ
  • 道士の身分で太常寺卿を務め、明初における道士の朝政参与を代表する
  • 武当五龍宮を主宰し、永楽帝による武当大修以前の武当道教を代表する
参考文献
  1. 《大岳太和山志》
  2. 《明史·方伎传》附
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第三卷