陳楠Chen Nan
生涯
陳楠、字は南木、号は翠虚、人には「陳泥丸」と呼ばれた。内丹派南宗四祖である。恵州博羅の人で、箍桶(桶の箍作り)を生業とし、常に土の泥丸をもって病を治したことからその名を得た。薛道光より太乙刀圭金丹の訣を受け、また黎姥山の神人より「景霄大雷琅書」を得て雷法を兼修した。これは南宗の内丹と雷法が結合する端緒となった。徽宗の政和年間(一説)、都に入って道録院事を務めたとされ、後に羅浮山に帰った。嘉定六年(1213)、漳州にて水に入って逝った(一説に尸解)。弟子の白玉蟾がその嗣となった。『翠虚篇』を著し、詩歌によって丹法を論じ、「精気神をもって薬物となし、身をもって鼎炉となす」と主張した。ほかに『紫庭経』『羅浮翠虚吟』などがある。
業績と影響
- 南宗四祖であり、薛道光の道を承け白玉蟾に伝えた
- 南宗の内丹と雷法を兼行する先例を開いた
- 『翠虚篇』を著した
著作
- 翠虚篇
- 『紫庭経』
- 『羅浮翠虚吟』
伝説
伝説によれば、泥丸をもって病を治せば治らぬことがなかったとされ、雷霆を役使することができたとも、水に入って解化して去ったとも伝えられるが、いずれも伝説の域に属する。
参考文献
- 白玉蟾《翠虚陈真人得法记》
- 《历世真仙体道通鉴》
- 维基百科:陈楠
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷