徐福Xu Fu
- 字・道号
- 徐巿, 君房
- 時代
- 秦
- 生没年
- 紀元前255年頃 — ?
- 役割
- 方士
- 出身地
- 斉地琅琊(今の山東、一説に江蘇贛楡)
生涯
徐福、秦代の方士、斉の地の人。『史記・秦始皇本紀』には、始皇二十八年(前219年)、徐福が上書して海中に蓬萊・方丈・瀛洲の三神山があり仙人が居ると述べ、斎戒し、童男女とともにこれを求めることを請い、始皇帝は徐福に童男女数千人を発して海に入り仙を求めさせたと記される。数年得られず、費用が多くかかり、徐福は咎めを恐れ、大鮫魚に苦しめられていると偽って称した。三十七年(前210年)、始皇帝は再び彼に童男女三千人・百工を率いて出海させたが、そのまま帰らなかった。『史記・淮南衡山列伝』は彼が「平原広沢を得て、止まりて王となり来たらず」と述べる。徐福は秦代方仙道の海に入り仙を求める活動の典型的人物である。後世には彼が東渡して日本に至ったという伝説があり、日本各地に徐福の伝説と祠廟があるが、確かな史料による裏付けを欠く。
業績と影響
- 秦代方仙道の海に入り仙を求める活動の代表
- 「三神山」伝説の重要な伝播者
伝説
伝説:徐福は東渡して日本に到達した(一説には日本の神武天皇であるとも)、紀伊・佐賀などの地にその遺跡が残るという。この説は五代宋初に初めて見られ、伝説に属する。
参考文献
- 《史记·秦始皇本纪》《史记·淮南衡山列传》
- 维基百科:徐福