王志坦Wang Zhitan
生涯
王志坦、河南湯陰の人で、全真教第九代掌教。少年にして出家し、丘処機の弟子に師事し、後に張志敬に仕えた。1270年、張志敬が没すると掌教を継承したが、ちょうど全真教が仏道の争いに敗れ元朝の圧力を受ける低迷期にあたり、彼は慎重かつ重厚をもって知られ、教団の存続を守り、在位わずか二年で1272年に没した。祁志誠に位を伝えた。王志坦の事跡は「終南山重陽宮碑」および『元史・釈老伝』の関連記載に見えるが、個人の著述は伝わっていない。彼はその生涯の大半を燕京長春宮の教務に費やし、その人となりは控えめで、史料には個人の修持についての記載がきわめて少ないが、掌教の系譜の一環としては、なお全真教の系統上必要な一節をなしている。
業績と影響
- 全真教の低迷期に教団を維持した
- 張志敬・祁志誠の間をつなぎ、掌教の継承を保った
- 燕京長春宮の教務を主宰し、宮観の運営を維持した
参考文献
- 《元史·释老传》
- 陈垣《南宋初河北新道教考》
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷