婁近垣Lou Jinyuan
生涯
婁近垣、上海松江の人。清代正一派において最も高い地位を得た道士である。若くして龍虎山に入り、五十五代天師張錫麟の法師となった。雍正五年(1727)、天師に随って入京し、雍正帝のために「祟を駆る」醮を設けて効験があったことから深い信任を得て、「妙正真人」を賜り、四品龍虎山提点に封ぜられ、大光明殿(欽安殿)の道教事務を主宰し、あわせて京師の正一道士を管掌した。雍正帝は彼を「参禅悟道」と称賛し、その語録を『御選語録』に収めた。乾隆朝でも引き続き重用され、大高玄殿を管理した。彼は『龍虎山志』十六巻(乾隆五年)を撰し、『黄籙科儀』を編み、他に『南華経注』がある。清代正一教の科儀と史料を整理した重要な人物である。1776年に没した。婁近垣は清代において皇帝の深い賞賛を得た唯一の正一道士であり、清朝廷における正一教の最高の地位を代表する。
業績と影響
- 雍正・乾隆両朝における宮廷道教の指導者となり、真人に封ぜられた
- 『龍虎山志』『黄籙科儀』を編み、正一の史料と科儀を整理した
- 北京にて大高玄殿など宮廷道教の事務を主宰した
著作
- 龍虎山志
- 黄箓科儀
- 『南華経注』
- 『妙正真人語録』(『御選語録』所収)
参考文献
- 《清史稿·艺术传》
- 《龙虎山志》
- 卿希泰主编《中国道教史》第四卷
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