焦曠Jiao Kuang
生涯
焦曠は字を道広といい、北周の道士で、華山雲台観に隠棲し、後に西峰に廬を結んで修煉した。周の武帝はその道を敬い、しばしば山を訪れて教えを乞い、「三洞先生」の号を賜った。楼観の道士王延はかつて彼に師事し、「三洞秘訣真経を得た」という。焦曠は北朝の華山道教と楼観道とをつなぐ重要な人物であるが、その生没・事跡に関する史料は多くなく、主に『終南山説経台歴代真仙碑記』『華岳志』などに見える。また旧籍には彼を茅山道士とするものもある。焦曠から王延、さらに唐初の尹文操らへと至る伝承の系譜からは、華山と楼観両地の道教が北朝末期にすでに緊密に結びついていたことがうかがえる。その号「三洞先生」もまた、北周の道教がすでに三洞経教を正統として広く受け入れていたことを示している。
業績と影響
- 三洞経訣を王延に伝え、北周楼観道経法伝承の一環となった
- 華山雲台観道教の初期の代表的人物
参考文献
- 《终南山说经台历代真仙碑记》
- 《华岳志》
- 百度百科:楼观道
- 卿希泰主编《中国道教史》第一卷