ホーム人物 › 宮崇

宮崇Gong Chong

字・道号
宮嵩
時代
後漢
生没年
? — ?
役割
方士
出身地
琅琊(今の山東)

生涯

宮崇は、後漢の順帝の時代の琅邪の人で、方士于吉の弟子である。『後漢書・襄楷伝』には次のように記される。「初め、順帝の時、琅邪の宮崇、闕に詣り、その師干(于)吉が曲陽の泉水の上にて得たる神書百七十巻を上る。皆縹白素、朱介青首朱目にして、『太平清領書』と号す。その言は陰陽五行を家となすも、巫覡の雑語多し。有司、崇の上りし所は妖妄不経なりと奏し、乃ちこれを収蔵す。」桓帝の延熹九年(166)、襄楷が上疏し再びこの書を献じた。『太平清領書』はすなわち今日の『太平経』の祖本であり、太平道が奉じる根本経典である。宮崇の生涯についてはこの一件が伝わるのみであるが、『太平経』の進献者として道教経典史上に一席を占める。

業績と影響

  • 朝廷に『太平清領書』を進献し、『太平経』が伝わる上で重要な役割を果たした
参考文献
  1. 《后汉书·襄楷传》
  2. 王明《太平经合校》前言
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第一卷