台南祀典武廟Sacrificial Rites Martial Temple, Tainan
- 種類
- 宮観
- 所在地
- 中国台湾 · 台湾 · 台南市中西区 · 永福路二段229号、大天后宮のそば
- 座標
- 22.9964, 120.202 地図 ↗
- 流派
- 台湾道教と道壇体系
- 創建
- 1665年(明永暦十九年)説、1663年説もある · 鄭経が建立し、もとは関帝廟と称した。雍正三年(1725)、関公の祖先三代が公爵に敕封され、勅命によって官方祀典に格上げされ、「祀典武廟」と改称された
- 文化財指定
- 国定古跡(1983)
概説
祀典武廟は明鄭の鄭経によって創建され、創建年は永暦十九年(1665)を主流とするが、1663年とする説もある。関聖帝君を主祀し、関平太子と周倉将軍を配祀し、後殿の三代庁には関公三代の祖先を祀る。1690年、台厦道の王效宗が重修し廟門を南向きに改め、1716年にさらに拡建された。雍正三年(1725)、清廷は関公の祖先三代を公爵に敕封し、本廟は勅命によって官方祀典廟宇に格上げされ、「祀典武廟」と改称され、毎年官方が三度の大祭を主催した。全台湾で唯一官方の祀典に列せられた関帝廟である。廟宇は北を背に南を向く三進の構えで、永福路に沿った側の朱紅の山墻の長さは約66メートルにおよび、屋根は前殿・拝殿・正殿・後殿の三段構成に沿って起伏し、台南の街並みを象徴する景観となっている。正門の「大丈夫」の扁額は乾隆年間に台湾知県の楊廷理が献じたもので、『孟子・滕文公下』に出典を持ち、府城の名扁の一つに数えられる。廟内の月下老人信仰は非常に盛んで、台南の「四大月老」の一つである。1983年12月28日、第一批一級古蹟に指定され、現在は国定古蹟である。
見どころ
- 「大丈夫」の扁額
- 朱紅の山墻と三段構成の屋根
- 全台湾で唯一の祀典関帝廟
- 月下老人祠