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張良(付)Zhang Liang

字・道号
子房, 留侯, 留侯張良
時代
前漢
生没年
? — -186
役割
謀臣黄老の学の実践者
出身地
韓国(今の河南新鄭一帯)

生涯

張良、字は子房は、漢初の建国の謀臣であり、留侯に封ぜられた。もとは韓の貴族で、秦が韓を滅ぼした後、博浪沙にて秦の始皇帝を狙撃したが失敗し、下邳に身を隠した。伝説によれば、圯上にて黄石公に出会い、『太公兵法』を授かったという。劉邦を輔佐して天下を定めた後は功成り身退き、自ら「願わくは人間の事を棄て、赤松子に従いて遊ばんのみ」と称して、辟穀・導引・軽身の術を学んだ。この事は『史記・留侯世家』に記され、黄老の功成身退の思想と神仙方術とが結びついた早期の事例である。後世の道教は張良を仙伝に列し、学道して仙となる典範とみなした。天師張陵はその八世の孫(一説に九世の孫、十世の孫ともいう。『漢天師世家』に見えるが、天師世系の遡及的主張であり、史料的には確証しがたい)とされる。本項は付録人物である。

業績と影響

  • 功成り身退いて赤松子に従うという生き方は、後世の道教士人にとって理想の範型となった
  • 天師世家によって祖として奉じられた

伝説

伝説によれば、圯上にて黄石公より書を受け、後に赤松子に従って登仙したという。十三年後、谷城山のふもとで黄石を見出し、これを取って祠ったと伝えられる。

参考文献
  1. 《史记·留侯世家》
  2. 维基百科:张良
  3. 《汉天师世家》(《正统道藏》)