蕭抱珍Xiao Baozhen
- 字・道号
- 太一万寿真人(追贈)
- 時代
- 金
- 生没年
- ? — 1166
- 流派
- 太一道
- 役割
- 創教者太一道祖師符籙道法家
- 出身地
- 衛州(現在の河南省汲県)
生涯
蕭抱珍、河南衛州の人で、金代太一道の創立者。碑伝によれば、天眷年間(1138—1140)、みずから神人より「太一三元法籙」を授かったと称し、符籙をもって病を治し邪を駆ることを主な布教の手段とし、衛州に太一堂(後に太一広福万寿宮と改称)を建てて、信衆は日ごとに増えた。金の熙宗の皇統八年(1148)、宮中に召見され、観額「太一万寿観」を賜った。太一道は「三元法籙」を特色とし、あわせて儒家の倫理も採り入れ、掌教は姓を蕭に改めるとの規定を設けて、七代にわたる嗣教の伝統を形成し、全真・真大道とともに金元の「新道教」三派と並称された。蕭抱珍は大定六年(1166)に卒し、元代には「太一一悟伝教真人」と追贈された。太一道は元中期以降しだいに衰微し、正一教に併合された。
業績と影響
- 太一道を創立し、「太一三元法籙」を伝えた
- 嗣教者が姓を蕭に改めるという教主制度を確立した
- 河南に太一万寿宮を建て、教団の中心とした
伝説
「神人授籙」の説は「太一広福万寿宮碑」などに見えるが、伝説に属する。
参考文献
- 王恽《秋涧集·卫州胙城县灵虚观碑》
- 陈垣《南宋初河北新道教考》
- 卿希泰主编《中国道教史》第三卷
- 维基百科"太一道"条目