譚紫霄Tan Zixiao
生涯
譚紫霄は、五代の閩国および南唐の道士である。若くして道士となり、閩王王昶(康宗)に福州へ迎えられ、「金門羽客」「正一先生」の号を賜り、手厚い寵遇を受けた。閩の滅亡後は南唐に移り、廬山の棲隠洞に隠棲したが、南唐の後主李煜に召見され、「金門羽客」の号を賜って観を建ててもらい、そこに住した。『宋史』および『南唐書』によれば、彼は「頗る経史に渉り、善く人を閲す」といい、とりわけ符籙に精通し、「陳天師(閩国国師陳守元)の鬼名籙を得」て、病を治し邪を駆逐することができたという。譚紫霄の伝えた符法は、北宋の饒洞天による「天心正法」の先駆とみなされ、天心派の後世の系譜には彼を祖師の一人とするものが多い。生没年は不詳であるが、宋の太祖の開宝年間に百余歳で没したとも伝えられる。
業績と影響
- 符籙の法術によって閩・南唐の宮廷に名を知られた
- 天心正法の先駆とみなされる
伝説
伝説によれば、譚紫霄は鬼名録を得て鬼神を召すことができ、寿命は百歳を超えたという。
参考文献
- 《宋史·方技传·谭紫霄》
- 马令《南唐书》
- 《十国春秋》
- 卿希泰主编《中国道教史》第二卷