閭丘方遠Lüqiu Fangyuan
生涯
閭丘方遠、字は大方。唐末五代の道士。少年時より経史に通じ、廬山の陳元晤に師事し、後に天台山に至って劉処静より上清の経法を学び、上清派の系譜において重要な伝人となった。光啓年間(885—888)、余杭大滌山天柱観に住して広く弟子を集め、「四方の士、舟車の絶えざるに甚だし」といわれるほどであった。呉越王銭鏐はこれを尊礼し、唐の昭宗は「妙有大師玄同先生」の号を賜った。彼は『太平経鈔』十巻を撰し、百七十巻の『太平経』を削節して鈔本とした。今も『道蔵』中に存し、『太平経』の原文が散佚した後にその内容を保存する鍵となる文献である。天復二年(902)に卒した。弟子のうち著名な者に聶師道ら(一説)がある。
業績と影響
- 『太平経鈔』を編み、『太平経』の要旨を保存した
- 唐末五代の天台・大滌山における上清伝承の宗師で、呉越王の礼遇を受けた
著作
伝説
伝説には、卒した時、顔色は生けるがごとく、異香が室に満ちたという。
参考文献
- 《历世真仙体道通鉴》
- 《洞霄图志》
- 维基百科:闾丘方远
- 王明《太平经合校》前言