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劉玉Liu Yu

字・道号
字は頤真, 号は玉真子
時代
南宋末—元初
生没年
1257 — 1308
流派
浄明道
役割
浄明道の創立者道教改革者
出身地
南昌(現在の江西省南昌)
活動地
西山万寿宮(玉隆万寿宮), 西山万寿宮(玉隆万寿宮)

生涯

劉玉、字は頤真。江西南昌の人で、元代浄明道の実質的な創立者である。若くして儒書を読み、のちに西山玉隆万寿宮において道門に入り、みずから度々許遜・胡慧超の降授に遇い「浄明忠孝大法」を得たと称した。至元二十年(1283)前後より布教を始め、南宋の何真公一系による「浄明忠孝」の教えを再興し、繁を削り簡に就いて「忠孝廉慎、正心誠意」を教えの綱とし、「浄明は正心誠意にほかならず、忠孝は綱常を扶植するにほかならない」と主張して、儒家倫理と道教の修持とを一つに合わせ、士大夫的色彩の濃い新たな道派を形成した。弟子の黄元吉はその言行を輯めて『浄明忠孝全書』を編んだ。劉玉の教えは元代江西の士人の間で少なからぬ影響を及ぼし、全真・正一と並び称された。

業績と影響

  • 浄明道を再建し、「浄明忠孝」の教義を確立した
  • 儒家倫理をもって道教の修持を改造し、三教を融合させた
  • 黄元吉・徐慧らを育て、浄明道の伝承を整えた

著作

  • 『浄明忠孝全書』(弟子輯)
  • 『玉真先生語録』(全書に収む)

伝説

みずから度々許遜・胡慧超の降授を得たと称するのは、浄明道の伝説に属する。

参考文献
  1. 《净明忠孝全书》(道藏)
  2. 卿希泰主编《中国道教史》第三卷
  3. 维基百科"净明道"条目