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李少君Li Shaojun

字・道号
李少翁(同一人物にあらず、混同すべからず)
時代
前漢
生没年
? — 紀元前133年頃
流派
方仙道
役割
方士煉丹家
出身地
斉の地(一説に深沢)

生涯

李少君は前漢武帝の時代の著名な方士である。『史記・封禅書』と『漢書・郊祀志』の記載によれば、彼は「祠竈、穀道、却老の方」をもって漢武帝に見え、自ら「丹砂を化して黄金と為す」ことができ、黄金を鋳て飲食の器とすればいっそう長寿を得られ、さらに蓬萊の仙人を見ることができ、仙人を見た後に封禅を行えば不死を得られると称した。また彼はかつて斉の桓公の時代の銅器を識別した一事によって武帝の信を得、そのため尊礼された。後に李少君は病没したが、武帝はこれを死とは見なさず「化し去った」と考え、その弟子に方術を続けさせるよう命じた。李少君は文献上、煉丹(丹砂を化して黄金とすること)と長生成仙とを明確に結びつけた最初の人物の一人であり、方仙道における外丹術の成立を象徴する存在であって、その「祠竈―煉金―致仙―封禅」という手順は、漢武帝一代の求仙の実践を直接に推し進めた。後世の道教仙伝は彼を得道の仙人として仮託し、『神仙伝』などの書物はその師承と飛昇の逸話を書き加えているが、正史の記載とは大きく異なる。

業績と影響

  • 丹砂を化して黄金とすることによる長生を初めて唱え、外丹術の濫觴となった
  • 漢武帝一代の封禅求仙の宗教的実践を推し進めた
  • その方術の手順は後世の方仙道と道教外丹に原型を提供した

伝説

『神仙伝』は、李少君が安期生の教えを受け、尸解によって去ったとし、武帝が棺を開くとただ衣冠のみが残っていたと伝える。この種の逸話は後出の仙伝が付加したものであり、正史には記載がなく、伝説に属する。

参考文献
  1. 《史记·封禅书》
  2. 《汉书·郊祀志》
  3. 葛洪《神仙传》
  4. 维基百科“李少君”条目