スマラン三保洞Sam Poo Kong (Gedung Batu), Semarang
- 種類
- 海外道観
- 所在地
- インドネシア · 中部ジャワ州 · スマラン · Jl. Simongan No.129, Bongsari, Semarang Barat
- 座標
- -6.9964, 110.3981 地図 ↗
- 創建
- 約1400―1416年 · 伝えられるところでは鄭和の船団が上陸した際に創建されたという。1704年に山崩れで破壊され、1724年10月に修築された。
- 文化財指定
- 中部ジャワ州文化遺産(国家級Cagar Budaya登録番号は未詳)
概説
三保洞(華人は三宝廟と呼ぶ)は中部ジャワのスマランに位置し、伝えられるところでは明代の鄭和の西洋下りの船団が上陸し停泊した地であるという。鄭和(尊称「三保大人」)を主祀とし、土地公と鄭和の副官王景弘(尊称「大人公」)を配祀する。敷地面積は約3.2ヘクタールで、三保洞・土地廟・大人廟・鉄錨廟・福神廟の五つの殿宇からなり、建築は中国式とジャワ式が混淆した様式であり、洞内の古井戸は一年中涸れないと伝えられる。当廟の信仰の性質はかなり特殊である。鄭和本人はムスリムであったため、華人と現地のムスリムの双方が参拝に訪れ、複数の信仰が共に祀られる場所となっており、厳密に言えば道教の宮観ではなく華人の民間信仰(鄭和崇拝)に属する。1924年に三保洞基金会(Yayasan Sam Poo Kong)が設立されて管理にあたり、1937年、1950年、2002〜2005年に度重なる大規模な修築が行われ、主殿は16×16メートルから34×34メートルへと拡張された。
見どころ
- 鄭和(三保大人)崇拝の中心的な場
- 中国式とジャワ式が混淆した建築
- 華人とムスリムが共に祀る多信仰共存の場
- 1724年に修築、2002〜2005年に大規模拡張
- 洞内の古井戸と鉄錨など鄭和にまつわる遺跡の伝承