趙帰真Zhao Guizhen
- 時代
- 唐
- 生没年
- ? — 846
- 役割
- 宮廷道士
- 出身地
- 不詳
生涯
趙帰真、唐の敬宗・武宗期の道士。敬宗の宝暦年間、道術をもって宮中に入り、武宗の即位後(840)には再び召し出され、「釈氏を排毀し、中国の教にあらず、生霊を蠹耗すれば尽く除去すべし」と説き、衡山の道士劉玄靖や宰相李徳裕らとともに会昌の廃仏(845)を推進した。武宗は彼を「左右街道門教授先生」に封じ、宮中に望仙台を築いて彼が煉った金丹を服用した。会昌六年(846)、武宗は丹薬の服用による中毒で崩じ、宣宗が即位すると趙帰真は杖殺され、劉玄靖らも同時に誅殺された。趙帰真は唐代における道士の政治関与とそれが招いた廃仏の典型的人物であり、その末路は唐後期における宮廷煉丹の弊害をも映し出している。
業績と影響
- 会昌の廃仏を推進し、唐代道士による政治干与の著名な事例となった
参考文献
- 《旧唐书·武宗纪》
- 《资治通鉴》卷二四七至二四八
- 维基百科:赵归真