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李八百Li Babai

字・道号
李脱, 李阿(あるいは混同)
時代
漢魏晋
生没年
? — ?
役割
方士李家道が尊奉する祖師
出身地

生涯

李八百は蜀地の伝説上の仙人であり、人々が彼の年齢を八百歳と称したことからこの名を得た。一説には名を李脱ともいう。『神仙伝』には、彼が弟子の唐公房を試し、自分の腫れ物を吸わせたのち、ついに丹経を授けたと記される。葛洪『抱朴子内篇・道意』には、呉の地に李寛という者がおり、自ら李阿の徒、あるいは李八百の名を仮託し、「水をもって病を治す」と称し、士人の多くが帰依し、「これを号して李八百という」とあり、一時期数百人を集めたとされ、これが「李家道」である。葛洪はこれを批判して「妖道」であるとした。李家道は魏晋の時期に江南と蜀地に流行した初期の道派であり、符水による治病を特色とし、天師道以外のもう一つの道教の支流である。李八百本人の事跡はすべて伝説に属し、成都・四川蜀地にはその信仰の遺跡がある。

業績と影響

  • 李家道が奉じる祖師であり、魏晋における初期道派の一つ

伝説

伝説によれば、李八百は八百歳まで生き、一日に八百里を行くことができたとされ、唐公房を試して金丹の方を授け、蜀の人々は祠を立てて彼を祀ったとされる。

参考文献
  1. 葛洪《神仙传·李八百》
  2. 葛洪《抱朴子内篇·道意》
  3. 卿希泰主编《中国道教史》第一卷